よくある質問

日本の自殺者数の推移は?

日本の自殺者数は、1998年以降3万人を超える状態が続いていたが、2010年以降は減少に転じ、2012年には3万人を下回ることとなった。

そして、2019年は2万169人で、統計を取り始めた1978年以降で最少の数値となった。

とは言え、年間2万人を超える人が自ら命を絶っているわけで、決して少ない人数ではない。

更に、コロナ禍により2020年には再び増加基調となり、警察庁の速報値にもとづく厚生労働省の集計で2022年は2万1589人となっていることがわかった。

自殺は異次元・別世界での出来事ではなく、身近なところで起こっても不思議ではないもの。

とりわけ、多くの他人を自己不動産に住まわせているアパートやマンションの賃貸人は「その確率が高い」と言えるかもしれない。

起こってほしくないことながらも、不動産経営のリスクのうちの一つとして、構えておく必要があるものと考える。

告知の要否は?

事の性質が重々しいせいだろう、「自殺事案は不動産業者が買主や賃借人に対して説明しなければならない重要事項に含まれる」と認識されてケースが多い。

しかし、厳密に言うと、宅地建物取引業法(宅建業法)が挙げる重要事項に自殺事案は含まれていない。

とは言え、一般的には、その心理的瑕疵が当該物件の購入や賃借を判断するうえで重大な影響を及ぼすことは容易に想像できるため、それをもって「説明義務がない」ということにはならないと解されている。

売買案件では、「重要事項としてではなく善管注意義務として説明しなければならない」といった裁判例もある。

また、国土交通省の「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」では、自殺や殺人は告知が必要な事案と規定されている。

事実上、前住人が自殺した事実は次の入居希望者に開示しなければならないということである。

告知の範囲は?

原則として、他室の住人に対して告知する義務はないとされる。

しかし、遺体発見時は警察や消防が来て騒ぎになりやすいため、それを目撃した住人がいることも、その話が周囲に広がることも充分に考えられる。

昨今では、検索サイトやSNSを通じて そうした情報に簡単にアクセスできるため、隠し通すのは容易なことではない。

それらを勘案すると、積極的に開示する必要はないにしても尋ねられた際は事実を伝えるべきだろうと考える。

告知義務はいつまで負う?

過去の裁判例(要約)は、「自殺行為に対する嫌悪感・嫌忌感は月日の経過とともに薄れていき、新たな賃借人が居住して日常生活を送れば更に薄れていく」「したがって、自殺発生後の入居者には告知しなければならないが、その次の更なる入居者に対しては告知する義務は負わない」としている。

ただし、悪意による“告知義務逃れ”を防ぐため、一人目の居住期間が極めて短い場合は、この法理は適用されない。

その期間が具体的に定められているわけではないが、数か月程度では認められず、一般的な賃貸借契約期間の二年間くらいは実際に生活することが求められている。

どのような損害が発生する?

賃借人にとっての損害は、家賃収入の喪失・低減がある。

心理的な嫌悪感・嫌忌感から空室が長く続く可能性があり、その分、家賃収入は滞る。

また、新たな入居者を募集する際には家賃を下げざるを得ないケースがほとんどで、その分、家賃収入は低減する。

現場がアパートやマンション等の集合住宅の場合、他住人が出て行く可能性もあるし、風評により、他の部屋の賃料をも下げざるを得なくなるおそれもなくはない。

自殺行為や遺体に起因する汚損が生じた場合は、内装・設備の清掃・改修も必要となり、この負担も損害となる。

あとは、心理的瑕疵が不動産の市場価値にどの程度影響するかが懸念材料となる。

相続人が損害賠償責任を負う?

故人の権利義務を継承する者である相続人は、賃貸契約中に故人が負った債務を負うことになる。

したがって、自殺によって故人が及ぼした損害は相続人が賠償しなければならない。

ただし、相続を放棄した者は始めから相続人にならなかったものとされるので、相続放棄した場合は賠償責任を負わずに済む。

相続人がいない場合、貸主は相続財産管理人に対して損害賠償請求の訴えを起こすことも考えられるが、手間がかかるうえに費用を回収できないリスクもあるため実用的ではない。

連帯保証人は損害賠償責任を負う?

連帯保証人は、原則として責任負担を免除されない。

仮に連帯保証人と相続人が同一人物であっても、相続放棄をもって責任から逃れることはできない。

また、契約書の連帯保証人の欄に自筆・押印したのは初回のみで、以降の契約更新時に自分の意思による自筆署名・押印していない場合であっても、賃貸人に対して正式に連帯保証人の任を辞する手続きをとっていない以上は、原則としてその責任負担を免除されないので注意が必要である。

ただ、2020年4月1日以降の賃貸借契約には改正民法が適用され、連帯保証人が負うべき上限金額(極度額=賠償の限度額)を設定しなければ連帯保証は無効となることとなった。

したがって、適用される賃貸借契約における連帯保証人の責任は極度額の範囲内となる。

これは、2020年3月31日以前から連帯保証人だった者が合意更新によってあらためて連帯保証人になる場合にも該当する。

ちなみに、契約書に単なる緊急連絡先として記載されている人は責任を負わない。

保証会社は損害賠償責任を負う?

近年は、個人の保証人を立てることが難しい境遇にある人が増えており、その代わりとして保証会社がその任を担っているケースが多い。

賃借人は、保証料を払うことによって保証会社のサービスを利用するのである。

ただし、その保証範囲は賃料等の未払い債務に限られていることがほとんどで、賃借人が自殺した場合の責任は対象外となっている。

東京地裁2014年8月5日判決においても、「保証会社に対する賠償請求は、保証会社の保証する債務はあくまで賃料等の未払い債務を対象とするものに限定されている」と示されている。

損害賠償の範囲は?

損害賠償の範囲は、自殺行為が直接的に影響を及ぼした部分に限られる。

過去には「入居者が負っている善管注意義務は賃借している部屋のみを対象にしている」といった旨の判例もあり、他の部屋については原則として賠償責任を負わないと解されている。

他室の住人に対して告知義務がないことも、その解釈を補っている。

ただし、これは他住人の退去や、その後の賃料低下などによる逸失利益に目を向けたものであり、悪臭や汚染など、自殺の態様や遺体の状態によって起こり得る周囲への実害まではカバーしていないと思われる。

そういった物理的な問題は「逸失利益の賠償責任」ではなく「原状回復責任」として扱うのが適切であろう。

だからといって、物理的瑕疵に心理的瑕疵を便乗させて、故人側の賠償責任の範囲を規律なく広げていくのは法が望むところではないはずなので、事案ごとに慎重に精査することが必要である。

賃借人側へ損害賠償を請求できる?

賃貸物件での自殺は、原則として、賃借人(故人)の善管注意義務違反が認められ、賃貸人は賃借人側へ債務不履行にもとづく損害賠償を請求することができる。

一般的に請求されるものとしては、「逸失利益」(自殺事故が起こらなかったら受け取ることができたであろう賃料)と、「原状回復費用」(部屋を新たに貸せる状態に直す費用)がある。

逸失利益にしても原状回復費用にしても、実際には賃貸人の請求が100%通ることは少なく、知るかぎりの判例では、どれも請求の一部しか認められていない。

ちなみに、他殺や孤独死(病死・自然死)は本人の意思によるものではないので、善管注意義務違反とはならず損害賠償を請求することはできない。

逸失利益はどのように算定する?

逸失利益について法律で具体的な金額が決まっているわけではなく、裁判所が物件の立地・構造・築年数・流動性などを考慮しつつ判断することになる。

これまでの判例の傾向では、発生から一年間は賃料なしで、その後の二年目と三年目は半額の賃料が入るということを前提として算定されることが多いよう。

これについては、一般的な賃貸借契約期間(二年)と自殺事故の告知義務期間が根拠の一つになっていると考えられており、告知義務が存続している期間が逸失利益の期間でもあると考えられていると思われる。

原状回復費用はどのように算定する?

部屋の原状回復については、自殺と明らかに関係がある部分に限ると考えられている。

もちろん、自殺行為や遺体による汚損はきちんと考慮される傾向にあるが、一方では、一般の案件同様に国土交通省ガイドライン・税法・減価償却なども大きく勘案される。

「自殺によって生じた心理的瑕疵は原状回復ではなく逸失利益として取り扱うべき」といった判例もあり、もとが凄惨な状態であったとしてもクリーニングや消毒等をすることによって物理的な問題が解消されれば原状回復の義務は果たされたものとし、結果的に、これは賃貸人からの過大な原状回復請求を抑えることにつながっている。

不動産の価値はどう判断される?

自殺が起こった部屋は事故物件として扱われ、その価値は棄損される。

相続人や連帯保証人に棄損した価値に対する損害賠償を請求することもできるが、これも無制限ではなく、自殺との因果関係が認められる範囲に限られる。

賃料を下げざるを得なくなるケースがほとんどだが、裁判では、それも一定期間にかぎったことと判断される。

また、他室の賃料低下や住人の退去についても、損害賠償上は自殺と結びつけることが困難な場合が多い。

心理的瑕疵により不動産の市場価値が低下したとして賠償問題に発展することもあるが、裁判例では、「賃貸物件であるかぎりは将来的に発生するはずの賃料が低減することを検討すれば足りる」としており、「近々に売買されることが決まっていた」といったような事情がないかぎり不動産価値の低下は賠償すべき損害の範囲外としている。

専門家への相談のすすめ

空室・家賃滞納・建物設備メンテナンス等々、建物を賃貸する上では色々な課題がある。

また、ペット飼育・ゴミ部屋・住民トラブル等々、困りごとが起こることもある。

孤独死や自殺事故も大きな問題。

とりわけ自殺は賠償問題に発展することもしばしば。

不動産価値の低下、家賃収入の低下、物理的損害や心理的瑕疵の発生、逸失利益や原状回復費用の判定等々、賃貸人側と賃借人側、双方の利害が対立する問題が多々生じる。

しかし、それらを判定する具体的な法律やガイドラインは整備されていない。

また、裁判例も少ないうえ、その判断についても統一された傾向が見えづらいものとなっている。

実務的なことだけではなく精神的にも大きな負担を強いられることがあるため、話し合いで決着がつきそうにない場合は、早い段階で弁護士などの専門家に相談することが得策である。

ヒューマンケアの自殺賠償事例

現場は、住宅地に建つマンションの一室。

その浴室で、若い女性が練炭自殺。

発見は早く、遺体による汚染や異臭は発生せず。

ただ、物理的瑕疵はなくても、心理的瑕疵は計り知れないくらい生じていた。

 

当方は、管理会社の要請で現場へ。

そこには、遠方に暮らす遺族も呼ばれていた。

家財残置物は遺族が処分済み。

当方の仕事は、浴室の清掃・消毒、そしてお祓い(供養式)。

 

自死を決行した当人の苦悩や遺族の悲哀を察すると心は痛むばかり。

しかし、管理会社の担当者は、故人や遺族に対する同情の念は微塵も持っていないよう。

聞けば、「大家も激怒している」とのこと。

一方は悲しみのドン底、一方は怒りの頂点、どんな修羅場が待ち受けているのか気が気ではなかった。

 

管理会社は、ユニットバス交換とその後の家賃補償を要求。

具体的な金額については、弁護士の見解や市況をみて提示するとのこと。

一方の遺族は、無難に「検討する」とだけ回答。

争いたくはなくても、法令・裁判例・金額によって判断したいと考えるのは自然なことだった。

 

問題の中核にあるのは人の心理。

自死という亡くなり方に対する嫌悪感・恐怖心、そして、非難する気持ち。

そういったものが入り混じって、理屈や理性を、ときには正義を押し退ける。

自殺補償というものは、金銭的に決着したとしても、ホッと一件落着とはいかないものなのである。

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